ドッグショー


もうだいぶん昔の話になりますが、ジャッキーとビッキーが若かりし頃は、何度か
ドッグショー会場に出かけていったものです。これはその当時の記録です。
今見ると、少々気恥ずかしい点もありますが、こんなこともあったんだなあという、
思い出の1ページです。(笑)


2004年7月31日小樽ポスフール広場にて
妹ビッキーがBISS(ベストインスペシャリティショー)
兄ジャッキーがBOS(ベストオポジットセックス)
兄弟でワンツーはまれなために特別に用意して頂いた表彰台です。

 ジャッキービッキー  ビッキー  

私が、ビーグル犬を迎えるにあたりお世話になった方は、日本におけるショービーグルの草分け的存在でした。
ごく自然にそういう世界を目の当たりにはしていましたが、自分とはあまり関係の無い世界に思えました。
しかし、譲っていただいたビーグル(ロッキー)が成長するにつれ、気持ちに変化が出てきたのです。
ロッキーが2歳になった頃、メス犬を2匹迎えました。一匹(ミルキー)は清里へ、レモンのもう一匹(サリー)は
家内の実家に行きました。そしてこの二匹が適齢期に差しかかった頃、それぞれと交配させて、子犬を
8匹とりました。コノあたりのことは、出産奮戦記に載っています。

2歳の頃のロッキー。ルーキーにそっくり!(笑) ミルキーです。

子犬の育成にもこだわりがでてきました。その犬が持って生まれた能力を、最大限に発揮させて体を作っていくことに
夢中になったものです。いかなる時でも、愛犬の運動を日々欠かさず、理想的なビーグルに少しでも近づけるよう
努力したものです。家内は、体育会系ですので、自分が果たせなかった部分を、愛犬に重ねて見ていたようです。
私が、一緒に行けない時でも必ず連れ出して運動させていました。
そうなると、今度は自分のところで産ませたビーグルが、社会的な評価の中ではどういう位置にいるか、
だんだんと興味が出てきました。ちょうどジャッキー9ヶ月(平成14年)の時です。(笑)
ご紹介頂いた、やはり同じようにブリーダーとハンドラーをやっておられる方にお任せして、まず一回出して
みましょうということになり、埼玉の会場で行われたショーに参加させて頂きました。
ところがこの時になんと、パピークラスですが、リザーブキングになってしまったのです。
はっきり言って、これで調子付いてしまったようです。(笑) いよいよショーを意識した生活になっていきました。

今思うと、約一歳前後の月例犬達で競うこのパピークラスでは、ただでさえ陽気な性格のビーグルは
やや有利だったようです。でもこのクラスでいくら賞をとっても、それは名誉だけで、いずれ大人のクラスで戦って
いくために、特に助けになるわけではありません。まあ、ハク付け的な要素はあったかもしれませんが・・・。(笑)
この後ジャッキーは、恵まれた体格とのほほんとした表情で、審査員の方に比較的気に入られ
パピーリザーブキングを何度かいただきました。
優勝に相当するのが、パピーベストインショー(オスまたはメス)、次がベスト戦でのもう一頭、そしてキング(オス)と
クイーン(メス)、その下にそれぞれ3頭ずつのリザーブキングとがリザーブクイーンが控えます。
まだ駆け出しがこれを何度か頂けるのですから、我々が舞い上がるのも無理ありません!
幕張メッセ脇特設会場で行われた千葉インターで、とうとうパピーベストをとったところで、ジャッキー君の
パピー時代は終わりを告げました。
アダルトクラスで、チャンピオン目指していよいよ本番たる挑戦が始まりました。しかし今度は、名だたる
ブリーダーさんが自信の一頭を出してくる中に混じってのことですから、そんな甘いものではありませんでした。
勝ったり負けたりと繰り返しながら、それでも1歳になる前にはチャンピオンになれたと思います。
しかし、ドッグショーは、まずチャンピオンになってからが始まりみたいです。同じチャンピオンビーグルが
集まる中で、いかによい成績をあげていくかが、世に名を残せるかどうかにかかわってくるようです。
ジャッキーの現役時代は、いろんなビーグルの花盛りの時代でしたので、いつもぶつかる強敵なんていう
ライバルビーグルもいました。なかなか厳しい戦いだったと記憶しています。
2年ほど出していましたが、ビーグルオスのチャンピオンクラスで、ベストブリードについでの2番手を
2回いただいたのが最高でした。
コノ頃は、出陳頭数も多くとてもにぎわっていましたから、2番でもとても嬉しかったのを覚えています。(笑)

1歳半違いで生まれたビッキーも、頑張ってショーに出ていました。「ジャッキーよりもいいんじゃないか?」などと
言われましたが、どこがどうよいのか、実はその時は本人よくわかっていませんでした。(笑)
でも、成績が証明してくれました。たしか、ジャッキーよりもずっと早くチャンピオンになれたのです。
あのサリーちゃんから生まれたこの兄妹ビーグルで、全国を転戦して回りました。
我々も、各地のショーに応援という名目で旅行しまわったものです。旅行記にはそんな様子も載っています。

そのころ、ビーグルのショーは、北海道を中心として発展していました。
しかし、毎年初夏に行われる札幌ビーグルクラブ主催のビーグル展にはさすがに駆けつけることは出来ず、
遠くから固唾を飲んで見守る展開となりました。
東北の八戸港から、夜12時に出航して苫小牧に向かうコノ日のフェリーは、ビーグルがいっぱいです。(笑)
係りの方も、いったい何事かといぶかしい目で見ていたと想像して、笑ってしまいました。
この時のジャッキーのハンドリングは、最期の頃にお願いしていたドリーム犬舎 の渡辺さん、ビッキーの方は
古来からの師匠である石田さん(笑)にお願いしていました。
その頃清里のマッキンでは、今日のお客さんの部屋割りとか、夕食のメニューの打ち合わせとか、色々に
追われていましたが、現地から逐次入ってくる状況報告にどきどきしていました。
結果は、なんと喜ばしいことに、ジャッキーが全頭のオスの中で一番になったのです。そして、続けて
行われたメスの最終戦でも、ビッキーがメスの一番を取ったのです。兄妹で頂上決戦に挑むことになりました。
清里でこの知らせを聞いて耳を疑ったものです。仕事が手につかなくなりました。(笑)
ドッグショーでオスとメスが戦うのは、その日のベストを決める最終のこの一戦だけなのです。
それをマッキンビーのジャッキーとビッキーの兄妹でまみえることができるなんて、こんな名誉なことはありません。
関係者の、皆さんも「もう二度と無いだろうね!とおっしゃっていたそうです。
結果は、後ろを走ってるビッキーに気を取られて、集中心を欠いたジャッキーが負けてしまったのですが
どちらが勝っても万々歳!(笑)
師匠の石田さん曰く「今日は澤田さんのためにみんな集まった感じだったなあ〜!(笑)」

今まで、まがいなりにもドッグショーの真似事を、お世話になっている多くの皆さんのおかげとはいえ、
なんとか続けてきて本当によかったと思いました。我々にとってこれ以上望むものはありません。
この日からはもうショーを離れて、愛犬にとっての本当の幸せがなんなのかを追い求めて、愛犬といつも
向き合って暮らして行くことにしました。ジャッキーもビッキーも、今ではマッキンビーとして、面白おかしく
日々を送っています。それぞれに結婚して子供を設けて、それに囲まれる日々です。
この世で一番幸せなのは、もちろん注目と脚光を浴びるショードッグではなく、飼い主さんにいつも見つめて
もらっている家庭犬であることは間違いないことなのです。でも、どちらかというとケージ暮らしの多い彼らも
ビーグルの形が、100年後も今と同じような姿であるために、スタンダードを維持するという大事な任務を
持っていることも忘れないでいてあげてください。




ドッグショーはまず審査員に犬の体に触れて見てもらいます。骨格・筋肉・歯並び・毛質・健康度・全体の
バランス等を見ます。次に審査員の指示通りに歩いたり走ったりします。このとき犬を操る人のことを
ハンドラーと呼びますが、このハンドリングが結果に大きく影響するようです。

テーブルに乗って審査中です さあいよいよ歩様を見ます
ある程度行ってから反転して戻ってきます よその参加犬も気になります

それぞれの犬種の一番を決めたら、いよいよあらゆる犬種の中での戦いに進みます 
そして最後にオスメスを含めた全参加犬の中からその日の最優秀犬を選んでいきます 


まだまだ子犬のメロディちゃんです ちょうど目をつぶってしまいました
ブリーダーとしての活躍はいかに優れた台牝をもっているかにかかっています。
石田さんのジョイポケットケンネルでも、我が家のロッキーの母犬であるスージーという往年の名犬が
いましたが、やはり年齢的にだんだん出産が難しくなってきましたので、スージーの最後の出産で
生まれたメロディちゃんにこれからは託して行くようです  メロディちゃんの活躍を祈ります
久しぶりのドッグショウでご機嫌です
一日中外にいますので眠そうな犬たちです とうとう寝てしまいました
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